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昔から、友だちに言っても通じない言葉があった。
わたしの話すアクセントは少しおかしいことがあるらしく、人から「両親はどこ出身?」と聞かれることもあり、それでなのかなぁと思っていた。(結局、両親からもわたしのアクセントはおかしいと言われたので、出身地は関係ない様子だったけど)

数年前のある時、何気なくその言葉をネットで検索してみた。
そこに現れたのは、「差別用語一覧」のような結果の数々。
その中で、今まで通じなかったその言葉は、身体的差別をさす言葉だった。
つまりわたしは、知らないうちに世間で差別用語とされている言葉を幼い頃から使っていたわけだ。

まずその背景として、自分の親が使っていたということが言える。
主に母親から発せられていたと思う。
わたしたちの世代の母親というのは、往々にして世間知らずの感がある。
(これは自分の母親だけでなく、友人の、自分の母親に対する所感にも基づいている)
そもそもテレビなどで放送禁止用語を厳しく設定しはじめたのが80年代頃のようなので、親世代が小さな頃などは、今差別的とされている言葉がごく一般的に使われていたのだろう。
現に、夢野久作の著書などは、タイトルから内容まで、『現在では不適切とされる表現が使われています』と注意書きをしなくてはならないようなものが多かったりする。
その上、うちの母方の祖母は今年92歳という高齢。(夢野久作と同じ時代を生きていると考えると、驚きだ!)
その祖母のもとで育ったと考えれば、まわりに通じないような言葉が出てきても納得がいく気がした。


が!しかし、だ。
わたしが問題に思うのは、「そうとは知らないで使っている」ということ。
例えば、「差別用語と世間で認識されていることは知っている。でも、そうやって変に意識すること自体が差別なのではないか。なので使う」というような考えに基づいて使っていくのであれば、(対象の言葉や、シーンにもよるが)共感すらできるかもしれない。
しかし、知らずに、何も考えずに使うのは違うと思う。



差別的な言葉には、他に民族をさすものも数多くある。
その中でも、南北朝鮮に対するものは根強いと思う。
わたしの住んでいる街にはコリアンタウンがあるので、昔から「洗濯して干してあったチマチョゴリが切り刻まれた」などの事件をよく耳にした。
同級生に韓国人の男の子がいたが、友だちが「ちょい!(ちょいと、的な感じで)」とその男の子を呼んだら「ちょん」と言ったのと聞き間違われてケンカになりそうになった、と言っていたこともあった。
友だちも、父親が彼らの対して否定的な発言をしているのをよく聞くという。
これに対して、以前テレビでの街頭インタビューの結果でおもしろいものがあった。
衣料品で今まで多かった中国産に続き、最近増えてきている韓国製についてどう思うか?というアンケートだったが(そもそもこのアンケートの内容自体どうかと思うけど・・・)、50代が『粗悪なものが多そう』、『できれば他のものを探す』というようなネガティブな答えをしているのに対し、10〜20代は『とくに他と変わらない』、『安いからいい』という発言、果ては『デザインがかっこいい』というかなりポジティブな回答まで飛び出した。

この流れに『放送禁止用語を定める』ことが一役買っているのだとしたら、『言葉の自由』を叫ぶよりもやはりある程度、マスメディアが軌道を修正していくべきなのでは、と思った。
軌道修正は言い過ぎか。せめて、世間に「考えさせる」きっかけを作って欲しい。


なんだか、論点がぼやけてるけど、差別ってやーね!知らないってコワイ!ってことです。

| diary | 18:31 | comments(5) | trackbacks(0)
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COMMENT
誰か誰かにが「差別である」と激昂するとき
何がきっかけに始まるのか?

「差別意識」は目に見えないから
形に出ている「言葉」からまず叩かれるのかなーと思う。
でも「言葉」が出た時点で激昂するんじゃなくて
まずは意識の確認をするのがベストだとは思う。
コミュニケーションってそこから生まれるじゃない。

本当に重要なのって言葉じゃなくて意識だよね。

「"差別用語である"という、被差別者に対する無関心・不勉強さが許せない」とか言われたらどうしようもないけど。
そんな、世の中にある全ての問題にまじめに取り組むなんて無理だもの。

差別をテーマに卒論(400字×10枚という完全なるやっつけ)を書いた私の意見です。

でも、知らないって状態でいきなり怒るってのは俺は納得できないなー。
「珍しい読み方の名前を間違えて読んだら不機嫌になられた」みたいな理不尽さを感じる。

ついでに
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| きむら | 2008/02/29 1:49 PM |
確かに、誰かが「差別している」と思うのは、言葉に対してになりがちかもね。あとは、態度かな?
どこからが差別なのか、って考えると難しいけど・・・。
例えば、身体の不自由な人を見て「かわいそう」って思うことが差別と思う人もいれば、車椅子の人に手を差し伸べることが差別と思う人も中にはいるかもしれない。
そんな極論を言っても仕方ないんだけどね。
わたし個人は、行動であればどういう動機づけがされているのかが重要だと思う。
突き詰めて考えれば、キムが言ってくれた「意識」ってことになる。

ちなみに、「何も考えずに使う」以前の部分はほぼ母親バッシングです。。
家族だから許せないって感じかな。家族に対して理不尽・・・でも自分で妙に納得してしまった。。
他の人が同じ状態だったら全く何も思わないかと言われたら、そうではないと思うけど。まだ経験してないからわからないな。


スパム対策情報ありがとう!
Mailの機能でキーワードにより怪しいメールをゴミ箱行きにするように設定したんだけど、ある項目を追加してからというもの、今のところ100%の駆除率を誇ってる!
まれに自分で設定したメルマガもそっちに含まれちゃうので、チェックは必要なんだけどね。
メアド変更しなくて済みそう!><,
| ちえ | 2008/02/29 8:50 PM |
論文はどう結論づけたの??
| ちえ | 2008/02/29 9:14 PM |
意識の受け取り方ってその人次第だからもはや今までのその人との関わり方とか考えないといけなくてああもうわかんないってなって

「こいつのこと好きだしいいや」という適当な許しがシンプルイズベストって感じ(女子高生風)

俺が何かに憤りを感じる時って「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないの?」ってなって
それは相手を知っているからこそそう思うときもあれば、相手のことを知らないからそう思うこともあり、、

なんか差別じゃなくて怒りの話になっている。

論文の結論、、、なんだっけな。
「アメリカの黒人差別と日本の被差別部落の比較から汲み取る国民性の違い」とかいうタイトルでさ、
そもそも主張なんかなくて、それっぽいこと言って論文なんか早く済ませてーって思いで書いたから「結論:日本人は根暗」とか書いて終わった気がする。完全に作文。
| きむら | 2008/03/02 9:43 PM |
ほうほう。
昔横ちゃんと、現地集合・現地解散で淡路島に行ったことがあるんだけど、島の風景見ながら急に部落差別についての議論?みたいになったことを思い出した。

議論も怒るのも苦手だわ。。

怒るのが上手になりたい今日この頃です。

| ちえ | 2008/03/03 2:07 AM |
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